元禄11年(1698)に近在の大工の手で建築された民家で、建立年代が明らかなものとしては、県内で最古とされており、東日本でも最も古い民家のひとつです。間口14間、奥行6間で建坪は84坪もあり、江戸時代前期としては、規模も大きく、古い様式を残していることから安永9年(1780)建築の土蔵と共に国の重要文化財に指定されています。
中村家の地理的・歴史的環境

位置
 中村家住宅は大町市美麻地区(旧:北安曇郡美麻村)の最北集落青具地区のうちでも青具本村と呼ばれ、人家の最も多い一宇田という地域である。

地形
 中村家住宅のあるところは標高665mの凹地で、宅地の北側には小谷断層に沿って青具峠から南流してきた土尻川が、また東側には大峰累層の新行集落方面から北流してきた藤沢川が、ともに2mほどの深さの沢土手を形成して流れ、このふたつの沢が住宅前で合流している。宅地はこれらの沢沿いに形成された狭長な水田地帯の中に立ち、さらに水田の周囲は、標高800mから900m級の急斜面の山地に囲まれている。この山地には、かつて山畑が随所に切り開かれ工作されてきたのであるが、いまは山裾に近い畑を残してほとんどが雑木化している。

気候

 青具地域は周囲を山に囲まれているため、冬季でも西方10kmほど隔たった白馬村の西に連なる北アルプスあたりのように日本海から寒冷多雪の季節風を受けるようなことも少なく、1年を通じて比較的温暖な気候で、降水量も適度であるといえる。ちなみに、昭和56年(1981)の年頭に長野県北部を襲った豪雪、いわゆる56豪雪での青具の積雪は約2kmにも達し住民を驚かせたが、これとて西隣の白馬村の比ではなかった。

交通
 中村家住宅は、沢沿いに西からくだって来た県道白馬美麻線と、南からくだってきた県道長野大町線の交点に位置している。この両道路は、古くから大町・白馬方面の人びとの長野善光寺への参詣道として、また中信地方と北信地方とをつなぐ物流の重要な街道として利用され、存在価値の高い道路であった。

近世の青具の歴史
 中村家住宅のある美麻村青具集落は、近世を通じて松本領主の支配下におかれ、安曇郡大町組54か村中に編入され青具村とよばれていた。近世中期の慶安3年(1650)の松本藩総検地での青具村の規模を示す村高は215石余で、大町組内諸村のうちでも比較的大きいむらであったといえる。
 元禄11年(1698)、中村家住宅が建築されたの都市の青具村の人口は917人(内:男性486人・女性431人)・家数は107軒、飼育馬数は125頭・牛数は137頭と記録に見え、この面からも山間村としては大村であったことがうかがえる。
 慶安3年当時、検地帳に登録された青具村の耕地面積は総計約52.8町歩で、内訳は、田約12町歩・畑約40.8町歩であり、畑作を主体とする村落であった。畑はそのほとんどが山畑であるが、そこでは麻をはじめ、雑穀・楮(こうぞ)・莨(たばこ)・桑(くわ)などの栽培が盛んに行われていた。特に畑のうち約9.3町歩が麻畑に登録されていて、全耕地の5分の1弱にもおよぶ面積であり、近隣の千見る・高地・二重・新行・大塩などの諸村(いずれも現大町市美麻の集落)とともに広い範囲で麻の栽培が行われていたことが知れる。ここで生産された麻は品質も良く、山中麻とか仁科大町麻の銘柄で遠く上方方面にまで移出されていた。この特産品的傾向は近代まで続いたので、明治8年(1875)近世村落7か村の合併に際して「美麻村」と命名する端緒となった。


建物の構造・手法

1主屋軸組の概要
 軸組は側回りや居室境に1間ごとに柱を立て、軒高で折置に梁・桁を組む。内部では、この梁を桁行の低い位置に架けた梁で受ける。1間入側の柱は桁行く方向の梁が乗り、これに扠首台が乗る。小屋組は棟束を立てて扠首を組んでいる。
 平面柱間寸法については、桁位置で計測した。
 1間の平均値は梁行
  一番通り  6.021尺   四番通り  6.016尺
  八番通り  6.015尺   拾壱版通り 6.011尺
  拾弐番通り 6.016尺   拾五番通り 6.021尺
 これらの平均は6.017尺となる。桁行では、表(い通り)・裏(と通り)とも1間の平均値が6.017尺で、梁行の平均値と一致した。このことから、間柱は6尺に1分7厘の伸びがあったと考えられる。

2 土台・柱・床
 切石・土台は、昭和22年に新たに入れたもので、それ以前の土台としてはチャノマの「ろ八〜拾壱」に入れられた2次の土台のみである。新規土台の彰乳による根元の切梁や根継ぎ修理などを受けずに当初のまま玉石に立つ柱は、チャノマの「に拾壱」柱、ナカノマの「は拾弐」柱・「又い拾弐」柱の3本であった。土間に独立して立つオオバシラ(太さ9.8寸×7.2寸)も近世に根継ぎされていた。 


インフォメーション
 入 館 料   大人300円 子供150円(小学生未満無料)
 開館時間   9時〜17時(入館は16時30分まで)
 休 館 日   月、火曜日(月、火曜日が祝日の場合は翌日及び翌々日)  ※12月〜3月は冬期休館
 お問い合せ   旧中村家住宅管理事務所 TEL:0261-29-2580
 大町市文化財センター  TEL:0261-23-4760




旧「美麻村」の麻栽培

明治時代より、美しい麻の特産地であったからこそ「美麻村」という村名になったほど、他処に見られない良質の麻が産出されました。
美麻産の麻は「山中麻」の名で知れ渡り、麻畑からの収入が当時の美麻村の経済を温めた時代があったとのことです。
その後、昭和中期ごろから生産が下火になり、昭和50年代に栽培は無くなりました。


「麻の館」には、こうした麻の歴史や、当時の農具などを展示しております。
麻栽培の1年

〜春〜
荒おこし、整地、麻蒔き、さく立て、肥料入れ、土かけ

〜初夏〜
麻すぐり(麻の芽が出たところで間引きする)

〜夏〜
麻こぎ(8月頃、根ごと抜き取る)
根切り、葉落とし、ゆり干し(束ねた状態で干す)、干しかえし

〜秋〜
麻葉落とし(乾燥した麻を地面に打ち付ける)、保管(冬まで納屋等に入れる)

〜冬〜
麻煮、皮はぎ、皮かき
乾燥(いろりの火で乾燥させる)、麻折、麻まるけ(出荷の準備)
開始11:00〜17:00終了0261-23-1738
インフォメーション
 入 館 料  大人 200円   小人 100円                        
 開館時間  11:00〜17:00
 休 館 日  木曜日
 お問い合せ  麻の館  TEL:0261-23-1738




 目通り幹囲は8.45mで、枝が四方に伸びており、樹姿が雄大ですが、現在は、樹勢を守るための手当てが施されています。 樹齢は約800年といわれ、開花期は5月下旬〜6月初旬で、花径5mmぐらいの梅花状の白い花が穂状につきます。 静御前が奥州平泉に下った義経の後を追い、「奥州」と間違えて美麻の「大塩」に来てしまった時に、静の杖が根づいたのが「静の桜」と呼ばれる由縁とされています。

 桜といってもソメイヨシノなどのイメージとは違うイヌザクラです。花は5mmほどの梅花状で、遠くから見るとわかりにくいですが、側で見ると可憐な花が穂状についています。公園として整備されていて、のどかな田園風景の中にあります。

昭和37年に県の文化財天然記念物に指定されました。



写真は明治後期の「静の桜」




横川重忠氏所有木造阿弥陀如来立像
千見細貝薬師堂の木造薬師如来立像
市有形文化財
千見神明宮本殿
千見神明宮絵額と句額
市有形文化財
千見山城跡 市史跡
下條家関守門
下條秀則氏所有文書
市有形文化財
向生仏屋敷出土灰釉陶器広口瓶 市有形文化財
旧中村家住宅
中村武本氏所有文書
国重要文化財
市有形文化財
水上神社本殿
水上神社の神輿巡幸
市有形文化財
市民俗資料
富士浅間神社本殿
富士浅間神社神楽殿
富士浅間神社絵額
市有形文化財
大塩高札場の高札 市有形文化財
堀の内遺跡 市史跡
大塩山城跡 市史跡
権現山堂屋敷跡 市史跡